虹の向こう側へ行ったオタクの話
ブログは熱いうちに書け、なんていいますし、書いてきます。
今回書き散らすのは、ワイ泣きポイントです。
あんまりごちゃごちゃ書く気はないので短いと思いますが、よければ見てやってください。
個人的に今回は「高咲侑」としてライブに臨んだつもりだったので、その結果どうだったかを伝えさせてもらいたいです。
- 運営が歩夢推しな気がする
アニメ準拠ということで多少は寄ってもまぁ、と思いますけど、どうです、今回?
なんか歩夢だけめっちゃいいアニメ抜粋からの曲、泣かざるを得ない。
特に!Dream with Youでは、ステージの「階段」が最強すぎてですね……
「……あれ?ここはアニメの中か?……俺…いや私は……高咲、、侑??」
時既に遅し。気づけば不思議と涙が溢れてました。
高咲侑である僕にその歌詞はぶっ刺さってるわけですが、でもやっぱり僕は僕だったので(情緒不安定)、
「歩夢がスクールアイドルという夢を始めた先にあるdreaming wayを進むんだ」っていうのの別の視点として
「『虹ヶ咲』として見ても、アニメ化という夢を叶えたその先にあるDreaming wayってのを進むけど、それって今まさにこのアニメ準拠の3rdなんじゃないか」
とか思ってしまって、ライブの(ほぼ)開幕に相応しすぎるなと。
夢と希望と未来と、ちょっとの不安を織り込んだこの歌詞が胸を打ちます。ホームランでした。
- 夢がここからはじまるよ
これ、高咲侑を味わう為にフルを予習してくか迷って結局してかなかったんですけど、最高でした。
僕にとっての夢がここからはじまるよは、3rdライブで爆誕したし、何にも変えられない代物になりました。
てか初見、ライブの生で二番の歌詞はズルいて。
二番はより「Toあなた」でしたね。
お気に入りの歌詞書き出したら全部になっちゃうので渋々一つ挙げると、
「エール!夢に向かうその背中へ」
が直球すぎて好きで、この歌詞、当日妃菜喜ちゃんが『同好会の一員になりたい、メンバーと並びたい』という思いを吐露してましたが、
それに対するメンバーの答えな気がしちゃって(オタク特有の妄想)、なんかもうすごいですよね。
メンバーから見たら『背中』ってことは既に前に出るくらいの位置にいるんですね。
夢がここからはじまるよはもう一個言いたいことがあって、スクリーンの話なんですけど、
まあここまで言えばもうお分かりかと思いますけど、我々の映像を流してくれたのが最高に嬉しかったんですよね。
アニメで見てたあの映像が現実になって、そしてその現実に我々が映し出されて……。
オタク冥利に尽きる。
(SIFスタッフTシャツがモチーフのライブTシャツ着ててマジで良かった……)(やっぱり俺「も」高咲侑だ……)
- 2期制作決定
まずはおめでとう!!!!
そしてありがとう!!!!
なんかよくわかんないけどここ1番の泣きポイントでした。
声出し禁止なのにオタクくんたちも思わず声が漏れちゃって、ちょっと面白かったので、ギャン泣きは回避しましたが、普通に泣いてました。
キービジュ良すぎるのが全部悪いんですよね。
相変わらずの水没都市お台場ですけど、完全に一期の最後のあのシーンを彷彿とさせるし、
二回目ですけど、
妃菜喜ちゃんが「メンバーと並びたい」って言ってたり、侑ちゃんは「自信が欲しいんだよね」って言ったりしてたから、こんなに楽しそうに、優雅に、笑顔で、チャレンジしたピアノを弾いてる姿をみて、泣かずにいられるかよ…ちきしょうめ!
だから2期で期待してることは侑ちゃんがキービジュみたいになる経緯が描かれることですね完全に。(栞子も待ってる)
まあ予定は2022年ということですけど、最近時の流れが早ぇなぁとか思ってるのであっという間に来そうですね。
また毎週更新できる日を楽しみに、それまでくたばらないように頑張って生きていたいと思います。
ご拝読ありがとうございました
それでは。
虹のバトンを受け取ったら
いうまでもなく素晴らすぃ
μ'sらしさ、Aqoursらしさに続く
「虹ヶ咲らしさ」を見つけられたと思います。
今回は、13話で見せたみんなの成長もあるんですけど、たくさんありすぎて扱いきれないので、虹ヶ咲らしさっていうスーパー抽象概念に焦点を絞って、自分の言葉にしていけたらなと思います。
ではさっそく。
シリーズ全体からみての「虹ヶ咲らしさ」ということで、
ラブライブの歴史を振り返ると、天候操作するのシーンって割とありますよね。
「雨、やめーーー!!!」とか、正座早見表を掲げて願ったりとか。
虹ヶ咲も「虹」ですし、そういった描写はあるのかなと思っていましたが、まああったような無かったような?
止んではいますが、思ってた形(止ませたい時に止む)とは違うってところで一概に一緒にはできないかな、と思います。
で、ここで高咲侑という主人公に目をやってみようと思います。
みなさんがどうかは分かりませんが、僕的には高咲侑に(少し大袈裟ですが)どこか「超人」めいたものを感じてたんですよね。
ラブライブに出なくてもいいという考えだったり、自分の夢に正直に進んで形にしていくことだったり。
いい意味で普通じゃないような。
やっぱり物語を巻き起こすだけの理由があるなって思ってたんです。
だからこそ、
どうせなら、たくさんの人に見てもらいたいじゃん?
だってこのライブは、私たちが頑張って作り上げたものなんだから!
てセリフが、うんうんって首がもげるほど頷けるんですよね。
自分と同じトキメキ、楽しさをみんなにも感じてもらいたいっていう、なんというか、自分勝手に他人を思いやるみたいな感じ(語彙力)が主人公感出ちゃってる。
けどそれとは裏腹に
自信が欲しいんだよね
怖がらないで、自分の夢に向かっていけるはずだって、思いたいんだよね
そうだよn……え、まじですか。
そんな、一般人ぽいこと言うんですか……
いやでも、そう言うんなら、きっと僕の認識が違ってたんでしょうね。
高咲侑は超人ではなくて「ただ人より少しだけ頑張れる」だけ。
だから、一般人には天候操作なんてできませんから、雨を止ませることもできなかったし、人並みに諦めることも手段のうちにあって(1話もそういうムーブメントあった)
努力だけで夢を追いかけて手にしてきた人だからこそ、時間とか天気とか「努力じゃどうにもならない範囲」になると諦めるしかなくなってしまう。
侑ちゃんの諦め癖にはこういう理由があるんだと思います。
でも、そんな時に手を引っ張ってくれる仲間たちはもうたくさんいて。
自分の方法ではどうにもならなくなったとき、
自分の努力で出逢ったキセキが道を示してくれる。
そんな関係性が死ぬほど好きだし、
その輪は既に
メンバーだけじゃなくて、
こんなにたくさんの人が関わって、支え合っている。
「みんな」で作り上げたスクールアイドルフェスティバルは、「みんな」に愛されて、「みんな」が幸せになれる。
たった1人のアイデアから始まった夢はもう、1人のものだけじゃなくなって、すごい熱量を帯びていて。
でも、あくまで「ソロ」であることが前提にあるから、
最後に走るのはそれをやる本人なんだと。
ここに「虹ヶ咲らしさ」を感じると同時に、
僕、既視感あるなって思ったんですよね。
まあ、水泳をやってた経験からなんですが。
(水泳だけじゃなくて個人競技のスポーツ全般に言えますが)
基本的には水泳(競泳)も1人の舞台で、どんなに自信が無かろうがなんだろうが、結局泳ぐのは自分で、他人に代打は頼めない。
それでも仲間達は最善を尽くせるようにサポートしてくれる。
んで、同じように自分も仲間のレースの時には最善を尽くせるように応援するし、
応援するのはマネージャーだけではなくて、チーム全体でその人のために応援とサポートをしていく。
今回そういう構図が重なって見えました。
担当回(レース)をする人を全力で応援していく。
でもあくまで応援するのであって、代わりにやってあげるわけではない。
そうやって1〜12話までやってきての、今回の13話
13話では、ステージに上がる人だけを選手とするのではなくて、
「夢」「叶えたい景色」があるっていうレベルでみていったから、高咲侑という選手をメンバーが応援する形になった。
ついでに言うと
水泳も、種目が同じなら競争心は生まれるし、なんなら一番意識する相手でもある。
スクールアイドルだって、同じステージで仲間はより強力なライバルとなって立ちはだかるでしょう。
互いに応援して、応援されて。時には競い合って、「仲間でライバル」
そんな関係性が出来上がる。
実際自分も体験したので死ぬほどわかります。
繰り返しになりますが、13話では侑ちゃんという選手をメンバーが応援するという形、
支え・支えられ(一人一人が選手でありマネージャー(侑ちゃんは支えるだけのマネージャーではない))という関係を再確認させたことで、
侑ちゃんは自分の夢に向かってまた、走り出すことができた。
これも繰り返しですが、あくまで、再び走り出したのは侑ちゃん本人で、誰も代走はしてない。
極端に言えば
自分の夢は自分で叶える
一見冷たい言葉のようだけど、そこに暖かさを感じられるのが「虹ヶ咲らしさ」なのではないでしょうか?僕はそう思ってます。
ここからちょっと話題は変わって「応援ソング」の話をしたいと思います。
Q.応援ソングの何が良いのか?(哲学)
A.応援してる人から、物語と共に応援されること
個人的にはこれに限ります。
結局応援ソングの歌詞を並べた時って、割と陳腐になりがちだし、変わり種だと「応援ソングは陳腐だぜ〜」なんて皮肉を歌詞に織り込んである歌もあったりしますが、
それでも応援ソングってのは尽きないんですよね。
なぜなら同じ歌詞でも全部違うから。
どんなアーティストでも、応援する人に応援されるっていう構図に変わりはないんですけど。
それぞれのアーティストの持ち味、らしさが込められるから同じ内容でも全然違って聞こえる。
まあ例えばですけど、
虹ヶ咲と湘南乃風(個人的に好き)が「明日は来る」みたいな歌を歌った場合、目に見えてニュアンスが全然違って来るじゃないですか。
さっきの虹ヶ咲らしさを使うなら、虹ヶ咲の明日が来るは「夢に向かって明日も走っていく」みたいな感じでしょうか。
で、湘南乃風だったら「生きてさえいれば明日がある」みたいな。(ド底辺(褒め言葉)な感じが湘南乃風らしさと思ってる)
やっぱり死ぬほど違いがある(自己解釈だけど)
これが応援ソングが無限に生み出され続けられてる理由であり、応援ソングが好まれる理由でもあります。
だから今回の挿入歌、「夢がここから始まるよ」は、虹ヶ咲のアーティスト性が見える応援ソングになってるわけです。
が!
ただ、虹ヶ咲ってのは「自分で走る」ことが多かったので「人を応援する」ってのはあるようでなかったんじゃないですかね?
(明確な線引きがあるわけじゃないのでその辺難しいけど)
今までにない応援する側のスタイルの「新しい虹ヶ咲」にも出会えた回だったと思います。
では、最後になぜその新しい虹ヶ咲がすんなり馴染んだのか、という話で締めましょう。
夢がここから始まるよは、どっからどう見てもメンバーto侑ちゃんの応援ソング。
決して直接我々に向かってのものではないのにも関わらず、その歌詞が涙を誘ったのはなぜでしょう?
その答えは簡単で、侑ちゃんをあなたちゃんと同一視できたからです。
侑ちゃんとあなたちゃんは同一人物なのかそうじゃないのか論争は後を絶ちませんが(?)、その答えであるように思えるんですよね。
メンバーの手の先に自分をイメージできたからこそ
「応援してる人の物語を乗せて応援される」という応援ソングの関係が成り立つ。
でその同一視をより一層助けたのが、きっと13話の主に前半のことなんですよね。
最初の方で「侑ちゃんを超人のように、主人公のように感じていたけど、単に自信が欲しいっていう"等身大"な部分もある」って話はしたかと思います。
そこですよね。
一人一人がそれぞれの人生の主人公であるけど、一般人という属性も捨てきれないからこそ、「主人公格」から「頑張ってる普通の高校生」になった侑ちゃんへの共感とかが一層増したことによって、
まるで自分が応援されているような、
まるで自分を応援しているような、
そんな、より力強い応援ソングとして受け取れるようになったんだと思います。
さて、歯切れが良いのか悪いのか、とりあえず言いたいことは言えたので、ここらで終わろうかなとも思いますが、、
アニガサキ、終わっちゃいましたね……
全13回やりましたが、毎週見てくださる方もいて、こんな拙い妄想の文章をよく読んでいただけたなと、我ながら思います(改善しろ)
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
もしよろしければ、2期(あれば)とかライブ感想談とかで、これからも残したい・言いたいことがあったら随時更新していきたいなって思ってるので、見ていただけたら幸甚です。
それではまたどこかで〜
Re:start "our dreams"
いやー、12話。
嬉しかったですね。
前回、ボロカスに(語弊あり)言ってた割に、今回はお手本のような掌返しを見せていきたいと思いますけども。(前回の予告通り歩夢を(比較的)褒める回)
自分で言うのもなんですが、ちょっとキツい感じで詰めてったことも無駄ではなかったように感じましたし、歩夢の一面であることに変わりはないと思います。
昔が大好きな歩夢も歩夢だし、スクールアイドル楽しんでるのも歩夢だし。
前回はちょっとばかり前者に偏りすぎましたが(反省)
まあでもそう言う回だったし良いよネ!(反省とは)
というわけで今回も喋っていきたいと思います。
11話の流れから、まだ尾を引いたままの2人
離れたくなんて、ない
やっぱりこれ「も」歩夢の本心で、それを確認してから始まる12話
まあ11話との違いで言えば、
11話が割とずーっとそう言う話をしてたのに対して、12話ではスクールアイドルフェスティバルの進行の方も描かれてて、
両方が交互に描かれることで、みんなと2人の温度差が結構強く伝わってきたなっていう印象でしたね。
それで、その温度差から生まれる少しのボロを感じ取ったせつ菜が、後に2人の元にも熱を届けるような役割をしていました。(まさに火属性?)
ちょっと話は変わって。
自分では良いところなんて分からないけど
自分の長所がどこなのかまだ明確じゃない。
まあ確かに、僕自身も「歩夢は侑ちゃんの隣にいることが個性」みたいなところで落ち着かせちゃってるところはありました。
てことで、
じゃあ歩夢ってなんなんだろうか?(哲学)
っていう問題なんですけど、
ありがたいことにその答えはすぐ後に出てきてて、
今日子ちゃんたちがあぁ言ってくれるのは嬉しい!
どんどん世界が広がってる!
侑ちゃんも楽しそうで良かったな
自分と他人の「楽しい」は並立。
今日子ちゃん達が出してた案も
「歩夢ちゃんとお茶会」
「歩夢ちゃんとお台場一周の旅」
っていう「一緒に(より近くで)楽しむ」ってことに重きが置かれてる気がして、
歩夢は誰かと同じ感情を共有してたいのかな?
だから「夢を追うこと」も一緒に感じていないと納得ができない。
て考えると割と今までの挙動と合致してる気がします。
11話のことも、納得できないことだったからつい自分でも「恥ずかしい」と思うくらいの行動をとってしまった。
そう考えるとすごく素直だなとも思えます。
(素直すぎて人の話ちゃんと最後まで聞かないのは良くないけど)
あとは歩夢が
侑ちゃんと一緒じゃなきゃ、私は一歩も前に進めないよ
って断言してるのが印象的でした。
9話の記事にて、
「好きはガソリン」「本気はアクセル」と車の例えを出しましたが、
歩夢にとってのガソリンは「侑ちゃん」と「スクールアイドル」両方なんですよね。
それでアクセルにも侑ちゃんとスクールアイドル両方含まれてて、今はガソリンが入ってないけどアクセルはちゃんと踏んでる状態だったんです。(どっちにも本気)
ガソリン(エネルギー)が2種なんて一見ハイブリッド車にも見えるけど、今なら「両方なくちゃダメ」なんだってわかりますよね。めちゃくちゃ繊細で。
本人が「どうしたらいいか分からないよ」とボヤくのもわかります。
ファンに伝わる不安(?)
相談したいってことだったんで不安かどうかは分からないですけど、一身上の都合で不安ということで捻じ曲げさせてもらいましたわ。
んまあ。ダジャレは置いといて。
相談ってことは恐らくまだ決まってないステージのことなんだろうなってことはわかると思いますが、
これってみんなで叶える物語があらわれてきてると思うんですよね。
もちろん、他メンバーもファンや友達と一緒に作り上げててそうなんですけど、
歩夢ってさっきも言った通り、対侑ちゃんっていう個人が強めに入ってるので、元々は「みんな」向けじゃなかったんですよ。
それでも気づいたら周りを巻き込んで動いているってことが、12話でわかったような気がしました。
個人的には嬉しいですよこれ。なんていうか、主人公あるある的な何かを感じます。
そしてせつ菜とのシーン。
普段あんだけ不器用なのにこう言う時だけ超絶器用ですよね。
これも、ファンのみんなのおかげです
この「ファン」の中に侑と歩夢が入ってるのは言うまでもないですが、
前に侑ちゃんには「ありがとう」って伝えてて、今回ここで歩夢にも直接でないにしても言えて良かったなって思います。
たった1人のため
最初に生まれた感情はそれだけだった。けど、
こんな私を良いって、応援してくれる人がたくさんいて、その気持ちが嬉しくて、大切で、今は私の大好きな相手が、侑ちゃんだけじゃなくなってきて、本当は私も離れていってる気がするの。
他の感情が芽生えてしまった。
その感情はきっと正しいはずなのに、自分の中で「1人のためだったのにみんなのためになっていいのか?」という感情が罪悪感となって縛り付けてくる。
人には離れていかないで、なんて言いながら自分が離れていくわけにはいかない。
だからこそ、あまり積極的に見せてこなかった側面なのかもしれません。
そんな葛藤がありつつ、大好きが大好きだと表立って言えないような状況へ……
既視感……。
私も我慢しようとしていました…大好きな気持ち。
でも、結局やめられないんですよね!
大好きを諦めなかった先輩からの金言。
僕は3話の記事では「拳」に着目してたので、この拳がもう彷彿とさせてきて……。
ここでちょっとだけ3話記事を振り返ると、
せつ菜には何度か拳を握るシーンがあって、その中で
「大好きと決別する決意」
↓
「大好きを諦めない決意」
と変化しているように感じました。で今ここで掲げられてるのは後者のやつで、
たった今、
その意思のバトンを
受け渡そうとしてるんですよね。
それで、
その意思をしっかり受け取った歩夢。
歩夢は侑ちゃんの夢を一緒に見てられなくて目を閉じてたら、自分の夢まで見失いそうになってしまっていたけど。
そのバトンを受け取ったら
点字ブロックという(目が見えなくても)進むべき道を示してくれるものが出てきて。
まずはそれに沿って駆け出していく。そして、
段々スピードが出たら点字ブロックを外れて自分の足で自分の道へと進んでいく。
だいぶ妄想入ったかなって感じですが、わざわざ点字ブロックを描いた理由ってそれじゃないですかね?
まあもうちょい妄想してみると、
この「進むべき道」ってのを「せつ菜の大好き」と捉えることもできますよね。
第一話でもらったトキメキ、始めは「せつ菜ちゃんが〜」みたいな話題が多かったけど、話が進むにつれて「スクールアイドルが〜」「同好会が〜」ってなっていったのは、
やはり自分の道に進み始めたからに他ならないですよね。
歩夢も第一話で侑ちゃんと同じくしてトキメいたけど、自分の道に入った後で目を瞑ったら露頭に迷ったから、もう一度トキメキを思い出したきっかけなんだと思います。
それで、今度は目を瞑る原因になった侑ちゃんの夢も「変わらぬ思い」だったことを確認できて、
今度は見失わないように、離さないように強く抱きしめて、「大好き」を叫ぶことができた。
しばらくお預けにされてた「歩夢ぅ可愛いよ」も一味変わって復活しました
その一味ってのは、前回言った「爆発しないための消火的な意味合い」ではないってことですよね。
まあ侑ちゃんが特に意味合いを変えたと言うよりは、歩夢の受け取り方が変わったってだけですが。
ねぇ、前に進むって、大切なことが増えていくことなのかな?
語彙力あり過ぎて死にました。
12話が詰まり過ぎたセリフ。もう詰まり過ぎて窒息死ですよ。
誤解が完全に解けてて良かったです。
逆に言えば、歩夢は「大切なことは変わっていく」と思ってたってことですよね。
大切なものが「歩夢(自分)」から「みんな」に変わってしまう。それが怖かったんでしょうね。
けどこれからは、自分も「侑ちゃん」から「みんな」へ大切なものをシフトしていく、と。
これからどんどん大切なものが増えててって、大きな人になっていく。けど、その根っこにあるのは、「歩夢をかわいい」と思っている「変わらぬ思い」だよと。
点字ブロックの時にもした話ですが、歩夢は路頭に迷った所からもう一度始めたんですよ。
だからこそ、再びこの場所を始まりの場所にするの、めちゃくちゃ相応しいですよね。
でも今度は、
「何かが始まる」という予感ではなく「音楽をやりたい」という夢を持ち、
「侑ちゃんに見てもらうため」じゃなく「みんなのために歌う」という目的を持ち。
けど別に過去の自分達を否定するようなことはなく、
今までの自分達に「ありがとう」と告げて、新たな夢の幕開けに「よろしく」と言い合って。
Awaking promise
歌詞、どこまでも手紙っぽくてね。
迷いますが、私のイチオシは
昨日とは違う風が心を締め付ける
けどずっと思いは繋がってるから
「違う風」つまり侑ちゃんと2人の時の空気感じゃないということは、1人でも頑張って行くという意味で、それが「締め付ける」って素直にちょっと寂しさが溢れちゃってるのもとても歩夢らしい。
けど、思いが繋がってることが確かになった今は、それを乗り越えられる。
タイトルに込められた「Awaking」っていうのも、
1話のDream with Youの「Make a promise」という歌詞を受けたものだと思えますよね。
まだ咲ききれなかった夢の目覚め。
これからどんな開花を見せてくれるのかめちゃくちゃ楽しみになります。
あとはそうですね、全体的に見てみると、
前半では2人を顧みるような部分が散見されて(歩夢らしい)ですが、ちゃんと今とのリンクがある部分が好きですね。
決意だけじゃなくてちょっと思い出にも浸りたいっていう。
でも最後にはしっかり「強くなるから」「叶えよう」という決意になってる。
ここも「叶えよう」なんですよねぇ。
主語が「私」だけじゃない感じが堪らんですね。
ラスト。
今の私には、ここまでが精一杯
おっと、聞き覚えのあるセリフですが。
1話と立場が入れ替わってますね?
Reスタートという意味では歴史は(違いを生じながらも)繰り返すということなんでしょうか。面白いですね。
と、いうわけで12話記事は以上です!
なにかと再スタートを感じることが多かったですね。
お読みいただきありがとうございました!
次回最終話!
スクールアイドルフェスティバルがどうなるのか、1クールのオチはどうなるのか、(2期の予告は来るのか…!?)、色々気になることはありますが、泣いても笑っても最後、楽しみましょう!
1つしか見えてないから
はぁぁぁぁァァァァあ???(発作)
どう考えてもやばい(俺が)
どうにかなりそうですね(手遅れ)
気を取り直して11話、とんでもねぇ回でクソデカ感情を持ちつつも、前回とのつながりも感じられたので、自分としては捉えやすかった気がしてます。
ってことで、とりあえず前回の記事に何書いたか思い出すと、
「前に進む侑とメンバー」と
「過去に縛られる歩夢」
って感じでしたね(驚異の4500字カット)
11話ではその2つがなし崩し的に邂逅してく話だったかと思います。
歩夢の気持ちを考えると辛いんですけど、侑やせつ菜と対比すると、どうしようもなくなっちゃってもっと辛くなるんですよね。
でも辛くても無慈悲にそれと向き合ってかなきゃいけない(と個人的に思ってる)んで、今回も始めましょうか。
突然ですが、
初見Aパートってみなさんどう思いました?
僕も最初は面白かったんですよ。碇せつ菜ゲンドウとか副会長とか綾小路さんとか、もう完全に笑わせに来てるなってなったんですけど、本当に笑いだけのAパートなんですかね?と後に思ったわけです。
Aパートで笑わせにくる割にはBパート重くね??落差どしたん??ってなりませんでしたか?なりますよね(オタク特有の間髪の入れなさ)
結論から言うと、
Aパート=みんなの夢
Bパート=私の夢
って感じました。
Aパートはみんなの夢(の第一歩)、つまるところみんなのキセキが描かれてる。
ポップに描かれてるけどどれもこれも「対外的」に行動してきた結果で、それが経験とか環境の変化となって返ってきてるんです。
対外的行動かどうかの1つの判断基準としてソロ曲がありますが、劇中歌がライブスタイル(対外的)じゃなかったのは、歩夢、かすみ、エマの3人です。
が、
かすみはみんなに自分のかわいいを届けるし、エマもみんなをポカポカさせようとしてるんですよね(つまり対外的)
じゃあ歩夢ってどうですかね?
100%対侑ちゃんじゃない?
まあ、自分に素直になるってのもあって100%じゃないかもだけど、それって結局見せるのは侑ちゃんのためだし、少なくとも「みんな」に見せるためって動機ではないはず。
Q.対外的な行動が少なかった歩夢はどうなったの?
A.こうなりました。
楽しくなさそうですね。
外に働きかけてないから、外から何も返ってこない。
歩夢のキセキは侑にあり。
だから、スクールアイドルフェスティバルのためにみんなが動くのと、歩夢が動くのじゃ(成果が見えないまま動くわけだから)全然違うし気が乗らないはずだし、なんなら侑ちゃん取られちゃうし。
Aパート辛いね。
しかもですよ、
2人でいる時間の会話も、「スクールアイドル上原歩夢(のキセキ)」がテーマじゃなくてスクールアイドルフェスティバルとか過去の話で、歩夢のキセキが見える気配がないんです……
今のところ何も報われてないなって感じてしまうようなAパートでした。
話は少し変わって視野の話。
歩夢のスクールアイドルの動機は「素直な私を見て侑ちゃん」なわけだから、100%の侑ちゃん依存という話はもういいかと思いますが、
そこを少し掘り下げると、
1話時点では、スクスタとアニメを比べた時に、侑ちゃんからの動機付けなのか、自分からの動機付けなのか、というところで差があってそれに一喜一憂してました。
が、結局「侑ちゃんに見てもらうため」ってところにどちらも行き着いちゃって、どっちも変わってなかった。
ていう前提で見てみると
侑ちゃん、私も手伝うよ?
ありがとう。でも、歩夢たちはライブの練習で忙しいでしょ?
ここ(here)めちゃくちゃヒヤヒヤしました。
ドデカい爆弾が投下されそうでした。
けど次のせつ菜の
「ライブは私たちみんなの夢ですよ、一緒につくっていきたいんです!」
って言葉でスクスタ16章のあの展開は避けられましたが、歩夢の「手伝う」には応じないけどせつ菜の「手伝う」には応じるの面白いですよね。(アニメとスクスタの差ですね)
「みんなの夢」を共有してれば言葉を届けられるけど、
歩夢はただ侑ちゃんと一緒にいたいという願望(視野)しか持ってないから、だったら侑ちゃんとしては「夢を叶える」ために練習してくれと促す…と考えると歩夢辛いですね。
それと、視野の狭さってのは「他を認めない」って言い換えもできると思います。
それが強く出てたのがここ。
ちょっと自己解釈も入るんですが、
歩夢はこの定期入れをまんま物証として見てる気がして。
本来ならこれってどこまでも一緒にいようねって意味だと思いますが、歩夢はこれを
あの時約束したから、ずっと側にいるって言ったから
っていう拘束の意味が強くなっちゃってですね。
今までは恥ずかしさとかもあって口にしなかった(約束してない)から、離れてしまっても文句が言えなかった。
だからこそ(戻ってこないなんてことがないように)片時も離れずにいた。
けど、事実として「離れない」って約束を植え付けたから、絶対戻ってくるっていうことが「正義」になるんですよ。
だって戻ってこなかったら侑ちゃんが約束破ったってとこだからね
そういう意味で、この定期入れは歩夢にとっての約束の物証とか、免罪符として機能してるんじゃないかと思いました。
賢いというかズルい女ですよね。
決して自分の範囲から逃さず、ずっと外出した(他と触れ合ってる)状態を「認めない」
ちょっと大袈裟かもしれないですけどね。
視野が狭いと感じる場面は他にも。
私の知らない侑ちゃんがいる……
せつ菜から侑ちゃんがピアノをやってることを知らされ、悶々としてるシーン。
ずっと側にいると約束し、誰よりも近くにいる(と思ってる)から侑ちゃんの知らない側面なんてあるはずがないよな?そらそうだ。
けど事実とはギャップがあって。
「何が原因だ?」
「私がいけないのか?」
「いや、定期に誓った約束を破ったのは侑ちゃんじゃないか、私は悪くないよ」
それでも「なんで約束破るの!」と言えないのは歩夢の性格からなのか、はたまたその免罪符に罪悪感を感じているからなのか……
よくない流れに入ってしまった歩夢ですが、その中でもヒントは与えられていて、
あのね、歩夢に話そうと思ってたことがあるんだ。
ただ、自分でも自信が持てなくて、もっと弾けるようになってからって思ってたら、時間経っちゃってさ
もしかしてですけど、良い未来が予想できますよね?ただしちゃんと話聞いてれば。
けど今の歩夢は、
「どうしてせつ菜に教えられて自分には教えられないのか」
それしか視野にない。
視野が狭すぎてそれしか考えられない。
だからせっかくの侑ちゃんの思いにも気づくことができない。
相手を想ってるつもりで相手の思いに気づかないなんて、なんとも皮肉ですね
僕は最低な人間なんでこういう皮肉が大好きなんですよね 人間からほんの少ししか取れない希少な部位(肉違い)
せつ菜ちゃんの方が大事なの!?
違うよ
ちょっとここ、他力本願プレイかますんですけど、YouTubeのコメ欄にあったものを引用させてもらいますね。
よく考えたらこの違うよって「せつ菜より歩夢の方が大事だよ」って意味じゃなくて「今したいのはその話じゃないよ」って意味だよね…。
その通りすぎてね。
今2人がいるステージは違うわけだから、この会話の中でいきなり侑ちゃんが歩夢と同じレベルで話を合わせて肯定してるなんてありえない。
むしろ侑ちゃんがみんなのいる「みんなの夢」っていうステージに歩夢を引き上げるために、その話じゃねぇって言ってると。
けど伝わってねぇなこれ?
何ちょっと安心してるんだよおい。
けどそんな幸せな誤解は束の間。
歩夢に伝えたかったのは、もっと…先のこと…!
そう伝えられると拒否反応を起こして押し倒してしまいました。
やはり過去を見てばかりで、未来を恐れているから、例え侑ちゃんの口から出る未来だろうとなんだろうと、素晴らしい過去の思い出に浸れる今が最高だと感じている。
不確定なもので2人の素晴らしい思い出を乱したくないんでしょう。
けど、普通に考えれば、「好きな人に未来の話をされる」ってそれ即ち結婚みたいなものじゃないですか?(語弊)
それを受け入れられないのは相当に過去が最高だったんでしょうね。
それに、個人的に何が一番悲しいって、「過去の侑ちゃん」と「今の侑ちゃん」を完全に区別してて、しかも「今の侑ちゃん」の方を全然信頼してないんですよね。過去を超えられないって思ってる。
2人は息ぴったりなはずなのに、乱しているのは歩夢の方ではないだろうか?(皮肉好き芸人再来)
私の夢を一緒に見てくれるって、ずっと隣にいてくれるって、言ったじゃない
うん、だいぶ違和感。
「一緒に夢見る」って一緒に未来に進んでくことじゃないんですかね?
なのにそうしようとしてる人を引き止めるのは違和感として感じざるを得ないです。
やっぱり、「夢見る」「そばにいる」って願い(誓い)は自分のワガママを許す免罪符なのでしょうか?
私だけの侑ちゃんでいて…?
最後、思わず本音が漏れたようにも感じますが、言ってることとやってることが違う歩夢の思いは次回伝わるのでしょうか?
あと勘違いして欲しくないんですけど、僕は歩夢大好きなんですよ。今回めちゃくちゃ言ってますけど、まあ大好きの裏返しってことで許してください。
最後にちょっとだけ。
歩夢がなぜ今回爆発したのか考えました。
それは、ゆうぽむでの「歩夢ゥかわいいよぉ」が途絶えたからだと思ってます。
今までも「えっ、侑ちゃん…?」みたいなシーンあったじゃないですか。
それって普通に歩夢に着火しちゃってるんですよね。
けどそれを「歩夢ゥかわいいよぉ」で消火してたんです。
けど最近になってなんか少なくなったかな?なんて思ってた矢先に爆発した、と。
まあだからなんだって話なんですけど。
だからなんだって話だから書く所なくてこんなところに書いてんだろおい?
というわけで、11話のように歯切れの悪い記事となりましたが、お読みいただきありがとうございました
次回、花ひらく思い
タイトルから見ても最高ですね次は歩夢を褒めまくりますよぉ!(予定)
変わりゆく人、変わらない人
アニガサキ1話〜9話までの大胆な自己紹介も終わり、さて、今週は誰が描かれ、誰が召されるのか。
選ばれたのは、綾鷹ではなくわたくしでした
まあオタクなんてアンデットのゾンビなんで死にません(もう死んでる)から安心ですけどね。
話を戻して、今まではネタも含めてアニメの流れに沿って、画像貼りながらセリフとかを自分なりに噛み砕いていくって感じだったんですけど(文字書き初心者だったので)、今回から焦点絞って話して行こうかなみたいな心構えでいます。
すいませんもうしばらく前置き続くんですけど、
記事のタイトルにもそれっぽいこと書いたんですけど、今回の中心ってやっぱゆうぽむなわけじゃないですか。
僕はスクスタ16章が猛烈に好きでして。それをアニメに持ち込むってわけじゃないんですけど、
どっちも見てて心が痛ぇんですけど、アニメは現段階だと「一方通行」でなおさらなんですよね。(今後どっかしらで爆発するんだろうけど)
なので今回はゆうぽむに焦点絞って書きました(意訳:ネタも盛りだくさんだったけど我慢しました!)
まず今の2人の状態を順番に見ていきます。
はじめに侑ちゃん
ねぇ、ゆうゆはどんなライブ見てみたい?
みんなのステージが見られるだけで、トキメいちゃう!
悪く言えば何でもいい(唐突に悪く言うな)。とりあえずライブをするという事実さえあればトキメくことができる。
「夢を追いかけてる人を応援できたら、私も何かが始まる……そんな気がしたんだけどな」
これらの発言から考えて、高咲侑という人はまだ具体性ってのが全くなくて、だからこそ虹ヶ咲のメンバー全員(さらに言えば東雲、藤黄も)を応援できるし、逆に歩夢の専属ってわけじゃない。
歩夢が侑ちゃんの中で始まる第一歩、一部であることは間違いないけど、侑ちゃんはもっとたくさんの夢を求めて、具体性はないけど前へ前へと進んでいるのが現状で、
その結果、今のメンバーや遥ちゃん、綾小路さんらと出逢ってる。
着実に高咲侑は積み重ねて広がって成長している。
それは技術的な面でも感じることができて、
ピアノだって、まだほんの少しもどかしさはあるけど、めちゃくちゃ上手くなってる。
(僕が音感ないだけかもしれないけど、正直言うと3話時点のChase!!は言われるまでわからなかった)
それに、
みんなすごいな。自分のやりたいこと、しっかりわかってて……私も、なにか…
とても貪欲。
正確に言うと貪欲になるための何かを探す貪欲さがあるというか。
今後ピアノという存在がどう言うものになるかはわからないけど、みんなと同じスタートラインに立とうと模索中なんです。
そんなことを考えてたら伝えられた
私が今スクールアイドルをできているのは、あの時の侑さんのおかげです
侑さんの言葉がなかったら、きっと大好きを叫ばないまま、自分を押し殺していました。
だから、私の大好きを受け止めてくれて、ありがとう。
という言葉
やりたいことが何なのか、まだわかってないけどとても嬉しい結果が降ってきた。
それが(今までに見たことない表情を見せるくらい)たまらなく嬉しくて、現に1人のスクールアイドルを応援し助けたことで、これからの自分への動機付けになる。
「夢を追いかけてる人を応援できたら、私も何かが変わる」というのが確信へと変わったんじゃないかな、と思う瞬間でした。
周りで応援する人たちの熱意に包まれて、私、夢中でステージを見て、、
ライブ時の心情が的確すぎてドキッとしましたわ。
個人的に特に印象に残ってるのは、ラブライブ!フェスにて、開幕の未体験HORIZONで、まあ所謂μ's原理という人たちがいる中で一面黄色の世界になった時とか、
デッカいステージに1人で立つニジガクに頑張れ…!!って気持ちで見てたりとか、
μ'sが登場したときの歓声の大きさとか、
みんなの心が一つになる時ってなんとなくわかるじゃないですか。
それが熱としてMAXになって伝わってきた時、最高に痺れるんですよね。
それがこのセリフにたっぷり表れてる気がしたので、思わず触れてしまいました。
そして、これを侑がせつ菜に言葉として伝えたのもすごい嬉しいですよね。
大好きを受け取る立場から、大好きを受け取ったと言う大好きを伝える立場に。
ただこれはせつ菜の大好きに関する循環だから、それが侑のものになる日が来るといいな
っていうせつ菜の小さな夢も垣間見れるいいシーンでした。
(この匂わせソフトタッチやばすぎだろぉ)
atぷりずん。
果林さん…いやスクールアイドルすら知らなかった人たちなのに、あの場にいるほとんどの人が声援を送ってくれてた。
あんなライブがいい。歓声の中で、ステージも客席も、スクールアイドルを想うみんなの心が一つになるような。
ガチでいいこと言う。さっきも言いましたが、その瞬間の痺れがたまんねぇんですよね。
そんで侑ちゃんってただのオタクじゃないから、その野望を実現する手立てをもう持ってるんです。
自分のぷりずんの中には(PCくらいしかなくて、見ること以外)何もないけど、外の世界には色々な大好きとかが溢れてる。
「扉」を開けたらすぐ向こうに。
(うわーここ歩夢だけ映ってないのやべぇ!!)
侑ちゃんのことはことくらいでしょうか。
次は歩夢
(前略)いっつも一緒にやってるね
これからも、ずーっと一緒にいたりして
2人でいればそれで完璧
全部が最高の「一生の」思い出になる
だからこそ侑ちゃんが覚えてないようなことも完璧に覚えていられる。
まあ逆に言うと過去に縛られている
他にもそれが垣間見えるシーンがありました
まあ、修羅場ですね(単刀直入)
ここで注目したいのはせつ菜と歩夢の「距離」
歩夢視点で見ると、侑ちゃんとせつ菜がなんて喋ってるか聞こえてないんですよ。
それほどまでに2人は離れてる。
じゃあそれがどう重要なの?ってことなんですけど、
このシーンを
「挫折しそうなせつ菜の大好きを受け取る侑ちゃん」
というメタファとして受け取ったらどうでしょうか?
声を聞いてない、状況だけをみた歩夢は「侑ちゃんが自分から離れて行って、せつ菜を抱いて浮気してる(え?)」としか見えないわけですよ
(ちゃんと声聞いて状況理解してればそこまで嫉妬する必要ないですよね。なんなら、人を助けに行ったら「侑ちゃんらしいや」って言って笑っていられるはず)
「私のことを見てるって言ったのに」
「これからもずーっと一緒だと思ったのに」
過去の約束を「1人で」大事にしていたからこそ、ある種の裏切りを感じるようになってしまう。
んで、この距離ってのは精神的なものだけじゃなくて、
実力的な部分でも見えてきています。
せつ菜が速すぎるのもあるけどね。
それでも歩夢は(おそらく)最後尾です。
過去に囚われて、それを永久不変の神話と信じ込んで、そこに自分を繋ぎ止めて、前へ進む親友に置いていかれる。
と、歩夢から見ればいえるけど、
実際のところは成長し(せつ菜に追いつくほど)前に進む「足枷のない侑ちゃん」に「足枷のある歩夢」がついていけてないだけ。
早く気付け___(切実)
そして2人の気持ちが近づきかける
ほんとは今頃、2人で予備校行ってたかもしれないんだよね
でも、やっぱりこうして2人でいる
同好会に入るって決めた日のこと、覚えてる? 侑ちゃんがあの時、スクールアイドルの夢を一緒に見るって言ってくれたの、すごい嬉しかったな
歩夢にとって最新の過去
けど、目まぐるしい日々を送る侑ちゃんにとっては結構前のことに感じる
スクールアイドルの夢…そっか、あの時、歩夢が勇気を出してくれたおかげなんだ
確実に夢への一歩は2人で始まってるんですけど、
歩夢の夢を追いかけて、今の私がいる。
そして…みんなとも!
周りにどんどん輪が広がって、いつのまにかスクールアイドルが好きな人たちで、すごく大きな力が生まれてた
ありがとう、歩夢
侑ちゃんはもうその先にいて、
歩夢は現状(1話時点)に満足してしまっている。
だって一番の幸せをもう手に入れちったんだもんね。そんで「応援する」なんて保証もされちったからほぼゴールみたいなもんですよ。
歩夢が安心して遅れをとる一方で、
前へ進む侑ちゃんは止まらない。
知らなかったスクールアイドルに出逢えたり、ファンの熱い声援に勇気をもらえたり
みんなの心が強く響き合って、
新しい「大好き」が生まれる…!
そう言う場所でみんなに歌ってほしい!
だいぶ端折ったけど名言すぎる。
「生まれたのはトキメキ」
という歌詞の一歩先を行く気概で、トキメキを生まれさせるサイドへ。
本当にすげぇじゃんか。
1〜9話で自己紹介して、エンジンを点けたメンバーたちが向かうのは、きっとそこだと思います。
(メンバーでトップのせつ菜にとっても「大好きを伝える」から「大好きを生み出す」になるのはきっと新鮮な感覚でしょうね)
まだ見ぬトキメキを渇望するメンバーに対して、
歩夢は……。
歩夢にはきっと大好きを生み出す、共有することがあまり魅力的に映ってないです。だから重い腰が中々上がらない。
繰り返しになりますが、歩夢にとって過去があれば物足りるんです。
不確定な未来に行きたくない。
けど親友はそれを恐れず前へ進んじゃって。
それを止めるのも気が進まないし。
決して貪欲じゃないとかそう言うことじゃなくて、普通に人間らしいと言うか。
人並みに頑張るけど人並みに恐れる、普通の女子高生なんですよね。
一応手を挙げて空気を乱さないってのも、普通の女子高生らしいですよね(空気読めねぇなって思われたくないっていう)
ですが、その反動がどこで返ってくるのやら…
いや、反動じゃなくても、この歩夢の内側がいつかバレて、なし崩し的になっていくのもアリだな……
次回が楽しみだ……
というわけで、4000字ちょい喋ってきましたが、結局何が言いたいのかと言いますと、
歩夢はライブすることで新しい思い出を作って、過去から解き放たれてくれ!!
と同時に新しさを追求する姿勢も良いことだと知ってくれ!!
ということです。
特に後半部分が大事ですね。
ライブして思い出更新するだけなら今までと変わらないから、多分同じことになる。だからこそそこを変える、一歩前に進む。頑張れ…!!
笑いのレベルが赤ちゃんで、好奇心も赤ちゃんレベル(めちゃくちゃ高い)で、不安?なんだそれ?な侑ちゃんと、
普通の女子高生で日常の幸せに浸る歩夢、これから2人はどうなってしまうのか____。
(「みんなの夢、私の夢」はズルいだろ……来週も死んだな……)
次回、城之内、死す
デュエルスタンバイ‼︎‼︎‼︎(死を覚悟した顔つき)
ということで、締めが台無しになった気がしますが、今週もお読みいただきありがとうございました。
次回、ゾンビになって会いましょう。
虹ヶ咲の「本気」
さて、早いものでもうメンバーの持ち回りも一周して。
果林さん回でしたけど、割とニジガク回というか、集大成part1って感じで成長してんなぁとつくづく感じる回でした。
んで、果林さんが今回どういうコンプレックスを克服して成長するのかな、と思いながら見てたんですけど、(出てきたのは方向音痴なことくらいで)果林自身の悩みってあんま深刻じゃない気がしたんですよね。(というのも5話エマ回で一緒に解決したから?)
まあでも挫けるポイントがないわけじゃなくて、ステージ直前でのことはあるんですけど、それを解決したのは今までのニジガクのキセキであるような気がしました。
だから、10話は果林が形式的な加入とは別の意味でニジガクの一員になり、肩を並べるようになった話だったと思ってまして。
てなわけで、そういうところ(どういうところ?)を中心に9話見ていきましょうかね。
まず冒頭、朝香果林がスクールアイドルとしてサインを求められる。
本人も意外だったのか、思わず
モデルじゃなくてスクールアイドルの方なのね
と言っています。
スクールアイドルとしての彼女がモデルとしての彼女に追いついてきた証拠ですね。
(てか、いまんとこ果林さんの表舞台ってPVくらい?ですよね?それでこの熱狂的なファンって……さては、、やり手だな?)
最近ね〜色んな人に声かけてもらえるようになった気がするよ〜
最初の頃は同好会の存在すら知られてなかったのに、PVや璃奈さんのライブの影響でしょうか?
さっきの知名度の話で、果林だけでなく他にも効果は徐々にあらわれてきているようで。
ニジガクは予選の突破とかそう言う明確な成長が見づらいからこそ、ファンが増えるっていう客観的事実が大事になってくるんですよね。
けど、
ソロアイドルとしては成長しています。ですが、同好会としては私たちはまだ何も成し遂げていません。
公で正式なものは璃奈のライブくらいしかやってないですもんね。(それもソロとしての要素が大きい)
そろそろ「ソロとして競う」場が欲しい(ダジャレじゃないよ?本当だよ?)そんな頃合い。
一時期は意見がまとまらなさすぎて気まずい空気になりがちでしたが、多様性を認め合ってソロであることのハードルと向き合った「今なら」と全員が意気投合できるのも最高に良いですね。
と、そんな一同の元にやってきたのは準レギュラーを獲得した遥ちゃんと
(やっべ~マジで朝香果林いるよ深々と根回しして良かった~~~)な綾小路さん
話の内容は、一緒にフェスに出ないか、とのこと。
今年はスクールアイドル枠に、藤黄学園と東雲学院が呼ばれたんですけど、虹ヶ咲学園を推薦させて頂いたんです
ということは、毎年スクールアイドル枠というのがあるということで、こうした複合フェスにスクールアイドルが出るほどに世の中にスクールアイドルが認められ、浸透しているということですね。
毎年ではないですが、ラブライブシリーズでは紅白、Mステ、歌謡祭、東京ガールズコレクションとかが今回のに該当したりするんじゃないかなぁと思います。
で。綾小路さんが今回の話を持ち込んだわけは
しずくの舞台を見たから。
「歌を届けたい」と願って歌った歌が、実際に届いたんですよね。
つまり、しずくが見事に素を見せる演技に成功したと言うこと。
歌が伝わったこともあり、(果林のファンということもあり)、誘うには十分すぎた。
(綾小路さぁ~~~んめちゃくちゃオタク抑えてんねぇ~~~~)
ところで綾小路さん、「敵に回したくないタイプの味方」の香りがプンプンしますよね。めっちゃいいキャラしてんな
と、ここから出演にあたっての問題にぶち当たりますね。
「ソロだからこそ」
そんなことを再認識させられますが、これがまた厄介な問題も引き起こす。
一歩引きすぎたら置いてかれるけど、今回に関しては規模が規模なだけに、みなさん慎重な様子で遠慮しあってる
そこに果林さんが
衝突を怖がるのは分かるけど、それが足枷になるなら意味ない
それで本当に、ソロアイドルとして成長してると言えるの?
と、ぴしゃり。
良くも悪くも客観的というか、コーチか??
でも確かに、大好きを確かめ認め合った結果、「心の内にしまって置くのが争いが起きずに平和だ」なんてのは確実に間違ってるんですよね。
いや、間違ってるというか、
シリーズ全体で見れば「ラブライブ」らしくないと言えるし、
虹だけで見ても、
人の大好きを認めること≠自分の大好きを抑えること
なんですよね。
遠慮と思いやりを履き違えてはいけない。
遠慮=相手を思って行動しない
思いやり=相手を思って行動する
似て非なるものですからね。
(綾小路さん好意じゃないのかぁ、そっかぁ)
その辺に気づけているのかいないのか、果林からこんな言葉も飛び出します。
今回は同好会が試されるライブになる。
だから、本気でそれに立ち向かえるメンバーを選ぶべき
つまりしょうそん翻訳に充てるとこれは、
「誰がラブライブ(動詞)できるか見極められてるから、それに応えられる人を選ぶべき」
ということですね。
果林さんガチで達観しすぎでは????
達観しすぎというか、妥協を許さないことがきっとここに繋がってるんでしょうね。
日は変わって。
かっけぇですわねぇ〜〜
まあそんな一面見えつつ、
こんな一面も。
(個人的に方向音痴のイジリめちゃくちゃ好きなんすよねぇ〜〜〜)
そしてゲマ店内のシーン。
ねぇ、あなたのグッズはないの?
人気絶頂中のスクールアイドルの柱、藤黄と東雲と並んでせつ菜がいると思っている(実力を認めている)からこその言葉です。
ちゃっかりリスペクトの念も出てて良いですね。
そしてせつ菜も含めて、メンバー全員に対しても「ライバルに追いつくために努力してる」と、リスペクトを露にしてるし、
そこを「目的地」に設定して、スクールアイドルの後輩として追いつけるように努力できるのが果林の良さ
気づいてなかったんですか
地図を見てもわからないなんて
もしかして方向音痴?
ネタにされがちですが(ネタも大変グッジョブだけど)、「目的地に気づかないうちに着いている」ってのは、実際の道だけじゃなくて、スクールアイドル道でも言えてるんじゃないかなと思うんです。
気づかないうちに肩を並べてる(目的地に到達してる)からこそ、一番最後に加入した果林が後にドデカい舞台でも立派にライブをすることができる。
実際、Vivid Worldの歌詞でも
「迷子だって悪くは無いね 正解も輝きも一つじゃ無いから」という歌詞があって、果林が「自分らしさ」「自分の輝き」を既に見つけたような印象も受けます。
果林さんの「本気」は全員に届いているはずですから
「好き」ではなく「本気」なんです。
今までは比較的「大好きは何なのか」とか「自分は何が好きなのか」とか「好きをどう伝えるか」を知ることがメインだったと思いますが、
ここに来て「本気」に移行するんですよね。
好きを伝えたり、好きを好きでいるために、好きに本気になる。
例えるなら、車にガソリンはこれまでで入れたから、今回からアクセルを踏む方法を模索している。
そんな段階で「本気」というのは次のステップに進むヒントになってて、それが自然とできてるのが果林で、それにみんな気づき始めてる。
でこの後の話し合いの結果、全員が自分の好きに本気になって立候補したということですし、良い流れができたんじゃないですかね。
本番当日。
超強気な果林さんですが、
文字通り壁を感じることもあって。
この壁は何の壁でしょうかね?
- 普段(モデルの時)はない歓声?
- 「本気」は「好き」を越えられるか?
- 「本気」でメンバーの「好き」を代弁できるか?
etc...
↑果林の「好き」がすごく捉えづらくて、果林の「好き=何かを頑張ること=本気」かと思って仮置きしましたが、結局「好き」と「本気」って別物なんですよね。
だって、アニメに対して好きが100%あって、連動して本気も100%だとしたら、アニメ作り始めてると思いますよ。(本気100%ってそんくらいの気概でしょ?)
でもみんな好きって気持ちはきっと100%くらいあるだろうけどその中でも創作するしないってのは差が出るわけだから、つまり一緒じゃないわけじゃないですか。
てなると、果林は「本気」一本でここまでやって来たし、それ以外のメンバーは「好き」って気持ち一本でやってきた。
さっきの車の例えでいうと、果林はアクセルの踏み方は知ってるのにまだガソリンが足りないし、
それ以外のメンバーはガソリンは入ってるけどアクセルを踏めていない(エンジン噴かしてるだけ)
こんな不完全な車では走れないです。
ちゃんと走れる状態じゃないから、こういう風に↓不安も感じる
こんな土壇場でプレッシャー感じちゃうなんて
それは、今までは「ソロアイドル」の意識から、良くも悪くも全部自己責任だと思ってるからでもある。
さっきの壁もきっと「1人で超えなきゃ」と思ってるに違い無いです。
その上このフェスは「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の朝香果林」として来てるんですよね。
だから、自分がもしヘマしたらみんなの評判にも……そんなところから来る初めてのプレッシャーなんだと思います。
ドデカいもの背負ってこの壁を1人で登るのは少し大変すぎますよね。
一方みんなはどう思ってるかというと、
全員で果林が精一杯のパフォーマンスができるようサポートして、良いも悪いも全部みんなで共有する。
かすみが
かすみんのエネルギー分けてあげますっ
って言ってますが、車の例えにピッタリですね。
これですよ果林のガソリン。
果林の捉えづらい(車としては欠けていた)「好き」という部分には「仲間の好き」がガソリンとして注がれて、そこに「果林の本気」というアクセルも合わさり、
そして完成した虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は立派な車として走り出していく。
持ってる子が持ってない子の歩幅に合わせる(=遠慮)は何もできないけど、持ってる子が持ってない子の手を引っ張る(=思いやり、助け合い)はなんでもできるようになるんですよね。
これが「仲間」
で、果林は常に仲間から好きを注入されてなきゃいけないの?ってところなんですけど、そんなことなくて、
パワーこそ仲間から貰ってるものもあるけど、そこから転じて「仲間のために頑張る」ってとこまで行っちゃえば、もう立派な果林の好きに昇華すると思うんですよね。(普段はあんま見せてくれないけど)
それとこのシーン。
僕は3話の生徒会室の云々を思い出します。
以前「友のため」に行動した結果、今となっては自分を支えるものとなる。
まさに「情けは人の為ならず」ですね。
(人のための行動は回り回って自分のためになるから、結局人のためにならないよってやつ)
「いってらっしゃい」も胸熱でしたが、こちらも胸熱で2倍でお得ですね(?)
そんなわけで大切なことに気づいて変わった果林さんをみて
綾小路さんトキメいちゃってますね目が。
MVの話
一言で感想言うと、「ラブライブの世界に飛び込んできた」です。
答えなんて誰も知らない
とか
正解も輝きもひとつじゃないから
とか
自由に未来を作ろう
とか。
めちゃくちゃラブライブじゃん。
でもそのラブライブらしさの中には
Just like a Rainbow colors
とか
1人きりじゃきっと知らずにいた
とか
「虹ヶ咲らしさ」もめちゃめちゃ詰まってるし、
「好きだ」って笑う君が好き
とか
迷子だって悪くは無いね
とか
「朝香果林というスクールアイドルらしさ」もめちゃめちゃ詰まってるんですよね。
最初は疎らだった光も(これはこれで綺麗)
果林色に染まってて、本気が伝わってるのも分かるし、
最後には
一緒にステージに立った仲間の想いが出てくるのも最高of最高
果林に注がれたエネルギーなんだなってめちゃめちゃ分かる
そうして本気と大好きを伝えたライブは
綾小路さんがオタバレ小路さんしちゃうくらい素敵なものになりました。
んでファンじゃなかった人も
オタクデビューしちゃいました。
今回のフェスでは、本当に「本気」というのがポイントだったんと思うんですよね。
なぜなら「好き」はオタクにはクリティカルヒットするけど一般ピーポーはそうじゃないこともあって「好きなんだね」くらいな時もある(普段オタクしかいないTLとかだと感覚狂うけど)。
けど「本気」なら好きとか嫌いとか関係なくその姿勢に心動かされるはず。(それをきっかけに「好き」を好きになればいい)
もしかしたら、さっきの2人は潜在的にアイドル好きでそれが目覚めただけ…って可能性もありますが、曲後半の会場の染まり方を見れば、果林のパフォーマンスの本気度に心動かされたのは事実なんですよね。
で、これって今のニジガクにめちゃくちゃ重要で、新たな層を取り込むきっかけになる。
そう言う面でも果林の「本気」は重要なんです。
その本気がもたらした影響まで見たこの人、なんか思いついたんですかね?
目がトキメいてるのにいつものオタクモードにならずになんか静かですが……次回が楽しみだ!
とにかく、虹ヶ咲は「大好き」に「本気」を取り入れて新たなステップに進むことができました。
そんななんだかんだニジガク回だったなと感じる第9話でしたね。
次回、「夏、終わらないで」 え?
ありがとうございました!
<余談>
前回まで最後に「ご拝読ありがとうございました」って書いてたんですけど、なんか違和感あって調べてみたら相手に使う際は不適切みたいでした!ごめんなさい!
こういう時なんて言えば良いんですかね?「ご精読ありがとうございました」がいいかなと思ったんですけど、それも京都の人的な感じで「ちゃんと精読しろ」って皮肉が入ってるみたいなんですよね……
自分らしさを認める難しさ
8話、演劇が中心にできてたじゃないですか。
個人的に伊波さんを推してる身として、何度か舞台をみたりしてるんですが、それと同じような没入感というか、思わず息を忘れるようなものを感じて、あぁしずくちゃんすげえなぁっていうか、好きだなぁってなりましたね(隙自語)
はじめはしずくの舞台のシーン。
「まち一番の歌手になること」
この願いはしずくの本当の願いなのか、
はたまた表面上の目標なのか……
それは後に考えることにして。
そんな彼女に囁くブラックさん。
(ここはしずく本人の心の中なのでしょうか?)
心の中でも演劇の世界があることは実にしずくらしいですが、自我が2つ存在していることを明確に理解してるってなんだか据わってるなぁとも思います。
そしてここでブラックが残した
「誰にも届かない 本当は分かっているのでしょう?あなたは、私だもの」
と言うセリフから
何となく「わかっているけど」というコンプレックスを抱えているなと察させてくれるシーンでした。
か"わ"い"い"よ"ぉ"歩夢ゥ
(第8話のゆうぽむスポット出てくんの早すぎて笑いましたね)
果林さ"ん"す"て"き"ィ
愛さ"ん"さ"い"こ"ォ
はい、お見苦しいところお見せしました。
けど謝罪はしません()
写真撮影と同時進行でインタビューも進んでますね。
ところで、なんとなくアキバリポーターみを感じたんですけど、親族設定かなんかですかね?ちょっと気になります。
そしてしずくのインタビュー内容は
どんなスクールアイドルになりたいか?
私は、愛されるスクールアイドルを「演じたい」
理想のアイドルを想像してその子になりきる
スクールアイドルを一種の表現方法として捉えるのは演劇部であるしずくにしか できない。
これは紛れもなくしずく自身の強みに他ならないんです。
けど、他の子たちが自分を表現したり、自分の好きなことを伝えるのとなんら変わらないような気がするんですけど、なんとなく違和感があるんですよね。
〇〇が好き→スクールアイドルを通して→伝えたい
演劇が好き→スクールアイドルを演じて→??
図っぽく考えるとこんなイメージなんですよ。
??のところに「スクールアイドルを演じたい」って入れてもいいんですけど、
結局、過程と結果が同じで意味ないんですよね。
つまり何が言いたいかと言いますと、しずくの一番大事な「目的」のところが見えてこないと言うか。そんな感じ。
部長に降板を伝えられるシーン。
素を演じることにしずくは適さない。
ん?そもそも素を演じるってなんだ?
哲学っぽい領域に入りそうですが、部長の言いたいことは、今回の役は「演じるまでもなく役を演じられるようなキャラクターを持つ人」が適任だと言うことなのでしょう。
そして今回はそれにしずくが該当しなかったわけですね。
けど諦めきれず、「自分を役に近づけて素だと思ってもらえるように演じる練習をしている」
なかなかパンチの効いた皮肉というかなんというか。
再びブラックさん
(前略)みんなと少しだけ違う。ただそれだけのことだったけど、私はいつも不安だった。
(中略)だから本当の自分を隠すようになった
そしたら、すごく楽になれた。
(中略)自分を偽ってる人の歌が、誰かに届くわけがない
個人的ここのキーワードは「共感」ですね
すごい、感動した、かっこいい、あらゆる感情は共感から始まる(と思ってる)から、
世間一般の感覚なら簡単に、広範囲で共感が生まれ、それが感情に結びつく。
反対に、非凡な感覚なら「反感」を買ってマイナス感情が生まれる。
だから、自分を普通であると偽ったし、共感してもらえるようにしてきた。
もっと言えば、物語の登場人物は、才能とか環境は非凡かもしれないけど、
世間の理想であり希望だから共感が生まれやすいし、反感を買うのはその登場人物であって本人でないわけだから、自分は傷つかないんですよね。
けど、そんなノーリスクな人間の歌は届かないとブラックさんはわかっている。
なぜなら「ノーリスクな状態を望むこと」は一般的心理かもしれないけど、「ノーリスクな状態であること」は普通ではなく共感されないから。
特に物語では主人公がリスキーな選択をして未来を勝ち取ることがポピュラーだから、ノーリスクな人に共感なんて生まれないのは当たり前です。
なんだか似たような感じの話題が思わぬところにあったので貼っときますね(11/26毎日劇場より)
一度現実のことは忘れて同期と遊びに。
めちゃくちゃ楽しそう。
一生眺めてたい。
でもそんな日常の中にもふとした瞬間に現実を思い出す。
「しずくちゃんが演技を始めたのはこう言うのを見てたから?」
「そう、かな?」
なんとなく確定させない感じで、後で言い逃れができるような回答のように感じます。
でもその後の
「演じていられる時が一番堂々としていられる」
「自分が桜坂しずくだと忘れられる」
初めて(?)しずくの本心が出てきたような気がします。
何かに頼ることで身代わりになってもらう。
そんな心境に心当たりのある璃奈。
「自分が嫌なの?」
何かに頼ったり逃げることはコンプレックス等からくること。
かつての自分が逃げてしまっていたことから、しずくの心中を察します。
ここで少し補足。
璃奈は今はボードに「頼ってる」状態ですが、これは逃げとかではなく「翻訳機(拡声器)」だと思うので、むしろ逃げると言うより正々堂々ですよね。
けどしずくの演じることを翻訳機や拡声器に充てるのは少し違うのかなと思うので、こちらは「自分を隠す手段」になってしまっているんじゃないかなぁと解釈してます。
仲間が親身に寄り添おうとしても「大丈夫」と遠ざけて、自分はそんなに弱くないよという体を通そうとしてます。
よく言えば、心配させないように
悪く言えば、弱い自分を隠してる
そんな自分に耐えられないのか、今日は帰ると離脱してしまいます
そしてまたブラックさん
「嫌われたくないんでしょ?」
「私、歌いたいの!みんなの心に届く歌を
そのためには自分を曝け出さなきゃ」
それはしずく本人が一番わかっているようです。
けどそれと嫌われることを天秤にかけた時に、どうしても一歩が出ないんですよね。
嫌われることが怖い。
いつも大人びて落ち着いてるイメージのしずくの、ある意味等身大の少女の部分というか。
なんとも青春らしい感情だなと思います。
で、葛藤の結果出した答えは「できない」でした。
嫌われて歌うなら、嫌われずに歌わない
無難で平凡な、進まずとも退がらない答え。
「私もちょっと同じだったからわかるんだ
自分のことが嫌な気持ち」
全く一緒ではなくても、境遇が似てるからこそわかること。
璃奈は何も、好きなゲームとかをしてる時だけが璃奈なわけじゃない。
苦手な会話をしてる時だって璃奈だし、スクールアイドルをすることだって璃奈。
紛れもなく全部自分で、それはしずくも同じ。
演じてる時も素でいる時も、スクールアイドルしてても、いつでもしずく。
今の2人の違いは、
自分の嫌いな部分を受け止めて肯定してくれる受け皿があるかどうか。
自分では受け止めきれない自分の現状(=苦手なこと)を愛さんやみんなが受け止めて、肯定してくれたから、今の璃奈がある。
だから、今のしずくに必要なのはその受け皿なんですよね。
そう気付かされたかすみは居ても立っても居られず駆け出します。
ところでみなさん、これ見てくださいよ。
さっき受け皿がどうのこうのって言いましたが、既にしずくにはあるんですよ。
演じるしずくを応援してくれる仲間もいるし、
元気がなければ遊びに連れ出してくれる仲間も、もういるんですよね。
ただそれにしずくが気づかずに全部自分で背負い込んでいるだけで。
だからこれからかすみがそれを気づかせに行くんですよね。
璃奈の時もそうでした。
自分は嫌われたと思ってても、実際面と向かって「嫌」と言われたことってないんじゃないかなって思います(妄想)
6話内で「今まで失敗してきたから」って璃奈が言ってますが、それは本人がそう思ってるだけなんですよ多分。
まあ「病は気から」なんて言葉もありますし、嫌だと思ってるから嫌になるんです。
だから、鏡で自分ばっかみてるのを外に連れ出して全体を見せてあげる。
そしたら世界が広がって、自分を認められるようになると思うんですよね。
今回も。
こういう教室って空間から連れ出したいけど、
またこうやって笑うんですよね。
でももう騙されないとばかりにそれを見破って、
maji de kiss suru 5byo mae.
「そんな顔して必死に隠そうとしないでよ!
私としず子の仲でしょ!?」
1人で抱えなくていいんだよって優しい言葉を、強く伝える。
自分では受け入れられないことも私が受け入れてくからということを認識させる。
そして、しずくがそれを認識できたからこそ、本心をかすみに打ち明けられるんですよね。
「昔の映画や小説が好きだったの
でも、そんな子は私しかいなかったから、不安だった」
その不安は共感を得られないからですね。
「誰かから変なのって顔されるたび、嫌われたらどうしようって」
てことは、「変なの」って顔はされてきた(されてると思ってきた)のかもしれないけど、
実際に「嫌い」って言われたわけではないんです。
さっきも話したように、あくまで「そう思ってるだけ」
だからこそ意識を変えてあげる必要がある。
そんな一方しずくは、どんどん自信を無くして、とりあえずの共感を得られるように演じることにしてきた。
そしたら楽になったみたいですけど、こんな顔して「楽になった」とか言われても普通に楽なわけないやん。辛そうじゃん。
まあ簡単にそう言いましたけど、しずくにはそうするしかなかったんですよね。
で、今となってそのツケが回ってきてどうしようもなくなってしまった。
今自分がやってるスクールアイドルも、演劇すらも、素が必要だということに直面した。
そしたら嫌われると言う道だけは避けなければいけないからこれ以上前には進めない。
これがしずく理論。
それに対してかすみ理論は、
100好きじゃなくたって少しでも好きって言ってもらえればいい。
例え99:1で超アウェーでも、その1のために頑張れる子なんですよね。
その1ってのは仲間内も含めてだから、
かすみはファンがいなくたってしずくが可愛いって推してくれれば頑張れると思うんです(まあそんな状況はないだろうと思うけど)
だからこれに則ってあげれば、
かすみがしずくを可愛いって推してればしずくは頑張れる(=素を出して嫌われようが、前に進める)
というもの。
このシーンでは、しずくはかすみに対して
「可愛いんじゃない、かな?」
と、また曖昧な感じで推しきれてないようですし、まだまだ全部曝け出して頑張るってのは難しいかもしれないからこの理論はまだ完成には至ってないけど、
「意外と頑固なところも、意地っ張りなところも、ほんとは自信がないところも全部」
しずくが一生懸命隠してきたことはかすみには既にバレバレなんですよね。
なので、もうバレてるんだったら…みたいな心境でこの最強しずかす機関が完成することを願います。
ところで、所々かすみのセリフに濁点が付いてる感じいいですよね。
か゛え゛る゛
そんなかすみのらしい力説に本物の笑みが溢れましたね。
教室をしずくの心と捉えると、やっと外の世界との繋がりができて、自分の心の中も見せることができた、みたい考えられていいですね。
(しずくの心の中に入れるのはかすみだけなんですよねって書きたかったけど書けなかったのでここに書いとこ(小声))
そしてしずくは心を開いた結果無事主演を勝ち取り、本番当日
えっとまあ、ここで少し衣装について気になったんで話すとですね、
まあ、白と黒じゃないですか。
普通、白のイメージって潔白とか純粋とかで、黒はその逆だと思うんですけど。
てことは、演じて嘘ついてたしずくは黒い衣装で、本心の方は白を着ると思うじゃないですか。
逆じゃね?
一般的イメージで言うなら逆なんだけど、今回だと逆でもしっくりくるなって思ったんですよ。
それはなぜなのか、考えました。
でその結果は、
しずくが演じてたのが「いい子」だからですね。
いい子演じてるのに明らか黒ってのはアレだからってことで、白になるほどに演じていたんじゃないかなって思いました。
逆に黒は、しずく自身が「嘘」として封じ込めていたからだなと。
以上、衣装の話でした。
で、まあ嘘だと封じていた本心は
「それでも歌いたいよ」
と、いい子に訴えかける。
「ずっとあなたから目を逸らしていた
でも、『歌いたい』その気持ちだけはきっと真実」
いい子は今まで封じていた(目を逸らしていた)けどもう耐えられないと、その気持ちに応える。
いい子(表向きに演じるしずく)が「歌いたい」と言う気持ちを取り込む
決して「演じる」という自分を否定して無くすわけじゃないのが良いですよね。
もはや演じることもアイデンティティ。切っても切れない関係ならどんどん足し算していく。
演じること+歌うこと
そして生まれたのが、このお方。
演じるし、歌うし、素の自分も出すしずく
冒頭からセリフ入れてくるとか最強かよ!
これが演じて歌うスクールアイドルってやつかァ!!
それで、歌詞の話しようと思ったんですけど、一から十まで、第8話詰まりすぎてて全部引用しそうだからやめときます。
いや。でも…ちょっとだけ……
洗い流していく……
やっと気づいたの……
迷いも不安も全部ありのまま抱きしめたなら……
ハァハァ……。もう限界ですやめときます。
朝礼とか集会のとき最後まで拍手してたい奴いましたが、ふざけてじゃなくて本気でやりたい気分ですわ。
素晴らしかったです!まさに、スクールアイドルの桜坂しずくさんにしかできない舞台でしたね!
それな。
それにしても本当の笑顔で笑えるようになってよかったねぇしずくちゃん。
おわり
次回! 第9話「果林さん道に迷う」
間違えた!
「仲間でライバル」
絶対面白いやつやん……
ご拝読ありがとうございました。